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難病を10年生きた母と、母を亡くした父の10年。ふたつの“生きがい” 前編|母の場合


2014年、母を看取り、

その10年後に父を看取ったわたしは

実家でもあったマンションを手放すことにした。

そのマンションに引っ越してきたのは わたしが20歳の頃で

母は「人間関係の煩わしい団地生活からやっと解放された」

と 喜んでいた。

父と母、わたしと弟の四人暮らしは 5年ほど続いた。

最初にわたしが家を出て、その後 弟も一人暮らしを始め、

その数年後に母が亡くなり、最後は 父が一人で暮らしていた。

形を変えながら散っていく家族の一部始終を、

そのマンションは 見ていたのだろうか。

団地暮らしだった頃。弟が生まれて。
団地暮らしだった頃。弟が生まれて。




















母は55歳の時に難病に倒れ、

入退院を繰り返しながらその後10年生きた。

ある日の病院帰り、

神戸の山手にある老舗の帽子屋さんに 二人で寄った。

母は、花飾りがついた深い紫の帽子を買った。

立派な箱を抱えながら並んで歩くわたしに 母は

「こんなの買って、わたしまだ生きたいんやね」

と 言った。

それから数年間、

母が何度その帽子を被って出かけたのかはわからない。

それでも、

年ごとに 日に日に 弱っていく

自身の体も 運命も

呪うことなく ぼやくことなく

母はいつも 少女みたいにニコニコしていた。

杖をつき、車椅子になっても、

美味しいものが好きで

新聞の広告やテレビショッピングを見ては

通販で特産品を注文してみたり

わたしが出かけるときは

「四興楼の豚まん買ってきて」とか

「朝日堂のみたらし団子買ってきて」とか

そんなことを頼まれたものだ。




母が大好きだった朝日堂のみたらし団子。棺桶にも入れた。
母が大好きだった朝日堂のみたらし団子。棺桶にも入れた。




























ほとんど家で寝たきりになってからも

「今日は、目玉焼きにしてもらおか」

と 母のリクエストで朝が始まるのも

亡くなる直前の日々

病院のベッドから

「だし巻き作って持ってきて」

と 携帯メッセージが入るのも

「あ、母はまだ生きてる」と

そう思えて 安心したのを覚えている。

だけど そのほんの数日後、

「もうだしまきいりません」

それが、母からの最後のメッセージになった。

だし巻きが食べれなくなった母が

最後に口にしたのは メロンだったか 桃だったか

口に運んだそれを そっと拒んで

「もういいわ」と 力無く 言って

眠りなのか 昏睡なのか 母は目を閉じた。

あとは 死に向かうための過酷な数日間だけがあった。










母はその時まで 一言も

「辛い」とか 「苦しい」とか

たった一言も 漏らすことなく

ただニコニコと 美味しいと思うものを食べ

「ありがとう」と言い

もう、ほとんど生命は 

その体に残ってはいないのに

車椅子を押すわたしに

「みて、あそこ花咲いてる」と

それは、誰のための言葉だったのだろう。







死んでいく自分を感じながらも なお

病院という 閉ざされた白い空間の中でさえ

目の前にある何か

美味しいもの 美しいものを

見つけ続けた母。

それが 母の「生きがい」だったのかどうかはわからない。

だけど一つだけ言えるのは

母は 「生きがい」を感じる天才だったということ。

母が買ったあの帽子は

10年後、父が亡くなった時に棺桶に入れた。

スーツを着せた父の手元に

朝日堂のみたらし団子と一緒に。

天国でまた 父と

時々ケンカしながらも

「おいしいね」とか

「あ、花が咲いてるね」とか

言っているのかもしれない。

わたしもまだ もうしばらくは この地上で

何があっても この体があるうちは

「美味しいもの」を

「美しいもの」を

見つけ続けていこうと思う。

母のように。






母と父。結婚式にて。
母と父。結婚式にて。



















母の生き方を見ていて思う。


「生きがい」って

何かを成し遂げることでも


誰かの役に立ち続けることでもなく

ただ 目の前にあるいのちを

それを感じられる自分を

楽しむ 愛おしむこと。

それは決して

特別なものでも 豪華なものでもない。

小さくて ささやかで 

取るに足らないように思える 何か。

アタリマエすぎて 

見えなくなりがちな 何か。

そんな「何か」にこそ

わたし達は 生かされてる。

最後まで。

そのことに気づけたら…。






IKIGAIは、どこか遠くに探すものではない

修行して磨くものでもない

ただ ここにあるのだ と 

ずっと ここにあったのだ と

知るだけで

アタリマエが 奇跡であることが

昨日と同じ今日など ないことが

見えてくる。

あなたが どこにいて 何をしていても

あなたの あなただけの「IKIGAI」が

そこから 花開き始める。

家族がいて、笑顔でいれば、それだけで。
家族がいて、笑顔でいれば、それだけで。





次回は、母を亡くした後の、父の生きがいについて。

もし、あなたが

「自分のIKIGAIがわからない」と感じているなら…

それは、まだ見つかっていないのではなく

言葉にならない状態のまま

胸の中に散らばっているだけかもしれない。


IKIGAIを 自然に味わえる人もいれば、

立ち止まって、並べて 眺めてみることで

気づいていく人もいる。

「美味しい」「美しい」「大好き」

日々の中にある小さな宝物達を

ビジュアルでコラージュする【IKIGAI MAP】は、

「あなたの一番の幸せ」を生きるための

「地図」であり「羅針盤」。

「将来の夢」や「目標」を描いて叶えるのではなく、

「今ここにあるIKIGAI」を感じて、取り出し、見つめていく。

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あなたと出逢えること、楽しみに。 愛を込めて。 今回のライター|船戸愛











「すべての命が愛と才能を発揮・循環する世界」 =「お金のいらない国」を目指して 2024年7月、ビジネス→ギブネスにシフト。

「今わたしにできる最も価値のあることを無料でやる」

「困ったときは助けを求める」

「人を変えようとしない」

シンプルなこの三つの原則で、

わたしと世界が、どんなふうに変わっていくか?​ 楽しく人体実験中。 地球上の肩書きは、 コピーライター、コーチ、 ひふみ・IKIGAI村役場お祭り担当、 WorldShift WAちゃらぼ!運営、などさまざま。


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