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生きがい看取り〜死を受け入れて生きると見えてくるもの。

2024年12月28日
読了時間: 6分

更新日:2025年1月3日


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子どもの頃、“死” が怖かった。

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「死んだら、どうなるんだろう」…

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“わたし” という存在が、どこへいってしまうのか。

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考え始めると、

深い闇の底へと沈んでしまうような感覚がした。

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怖かったのは、“わたしの死” だけではなく

“母の死” もまた、圧倒的な恐怖の対象だった。

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特に幼い頃は、それを象徴するように

母が死んでしまう夢をよく見た。

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泣き叫んで目が覚めると

隣で寝ていた母が「大丈夫、夢や夢や」、と

背中をさすってくれたことを、今も覚えている。

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そんな母を10年前に看取り、

母が亡くなった後の10年を一人生きた父を看取り、

​

さらには、もう40年も前

10歳になる直前で兄が亡くなる瞬間を目の当たりにして

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想うことは、

「人は、必ず死ぬ」ということ。

​

だからこそ、

「生きることが、輝く」ということ。

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セピア色の家族写真

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わたし達は、日々の忙しさに追われる中で、

「死」という現実から目を背けがちです。

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だけど、「人は、いつか死ぬ」という不変の事実は、

どれだけ無視しようとしても、

誰もが、必ず、向き合わなければならないこと。

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死を

「背後から付きまとう恐怖の対象」として

忌み、避け続けるのか。

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それとも

「命の本質を明かしてくれる鍵」として

目を凝らし、受け入れるのか。

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どちらを選ぶかによって

わたし達の日々の感じ方、人生の捉え方は大きく変わってきます。

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“死”を意識することは

“生きること” の意味を深く問い直すこと。

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今回のコラムでは、

“死を意識すること”が 、どのようにわたし達の生きがいを明確にし、

充実した人生に導くのかを探ります。

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1. 生きがい 看取り ~死を意識することで浮かび上がる命の輝き


境界に佇む男性

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「死とは何か」という問いは、

「生きるとは何か」という問いと同じように

わたし達にとって、最も根源的なもの。

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特に、“看取り” は、

この問いを深く考える機会ではないでしょうか。

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“看取り”とは、大切な人が最期を迎えるその瞬間に寄り添い、

その生を、最後の瞬間まで共に見守ること。

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この過程で、“看取る人” は “看取られる人” と共に

死を迎える人の人生を振り返り、分かち合います。

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今まで、どのように生き、誰に どれほど影響を与え、

どのような愛や絆を築いてきたか…

​

一生分の過去を振り返りながら

残された日々の中で、最大限に愛と感謝を交わし合う。

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死が目前に迫っているからこそ

「今、この人と過ごすこの時間」が

どんな瞬間よりも、輝きを放ちます。


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人は、いつか、大切な人を看取ります。

そして、いつか、大切な人に看取られます。

​

その瞬間まで、“今ここ” を、どう生きるか。

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“看取り” の時間は、

大切な人と紡ぎあった愛や絆、

それらが織りなす “人生の意味=生きがい” を

浮き彫りにしてくれるのです。

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2. 看取りの文化とその独自性


年老いた女性の手を握る

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「看取り」とは、単なる医療的なケアや形式的な対応ではなく、

愛情や感謝、別れの悲しみといった多くの感情が込められています。

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驚くべきことに、

「看取り」という概念を他の国と言語で表そうとすると、

完全に同じニュアンスを持つ一語が見つからないのです。

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例えば、英語では

"end-of-life care" や "dying with dignity" という表現がありますが、

これらは主に医療や倫理の側面を指し、

看取りが持つ家族的・情緒的なつながりまでは含まれていないようです。

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フランス語では

"accompagnement de fin de vie"(人生の終わりへの伴走)、

ドイツ語では "Sterbebegleitung"(死の付き添い)という言葉がありますが、

これらもまた文化的背景が異なり、

日本の「看取り」が持つ独特の親密さや情感をそのまま表すものではありません。

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命の尊さを分かち合い、最後の時間をともに過ごすことで、

亡くなる人に寄り添いながら、

自分自身も人生を深く感じる特別な時間「看取り」。

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「看取り」という言葉は、「生きがい」と同じように

日本文化を深く映し出す独特な概念なのかもしれません。

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3. 看取りの背景にある日本の“死生観”


苔むした地面のお地蔵さん

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日本において「看取り」が特別な意味を持つ理由は、

家族や共同体の結びつきを重んじる文化だけでなく、

“独自の死生観” にあります。

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仏教や神道、アミニズムが日常に根付いている日本では、

死が単なる“終わり” ではなく、

“次の段階への移行” と捉えられることがあります。

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“肉体” としてのその人の命は“終わり” を迎えるけれど

“魂” としては、生き続ける。

​

亡くなった人にはもう触れられないけれど

その魂は、お墓や仏壇の中にだけあるのではなく、

木々や花、空や風、星々の中に、

そして、わたし達一人一人の命の中に、ある。

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共に、生きている。

途切れずにずっと、続いていく。

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そんな感覚を持っているからこそ、

わたし達が「生きがい」について考える時、

​

それは、「わたしの生きがい」であると同時に

「わたし達の生きがい」でもあることに気付かされるのではないでしょうか。

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最後に〜 なぜ今、「看取り」の価値を再発見するべきか


老人と赤ちゃんが手を繋ぐ


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現代では、医療技術の発展や生活様式の変化により、

自宅で家族を直接看取る機会が減少しているとも言われます。

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一方で、「看取り」という概念の大切さは年々見直され、

特に2000年前後から、高齢化問題で在宅医療やホスピスの普及が進み、

死にゆく人を心身ともに支える専門職「看取り士」の重要性も高まっています。

​

「看取り」を経験することは、生と死の境界を考え直し、

「生きがい」を新たに発見するきっかけにもなるのです。

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今月、初のお披露目となった対話会×ワークショップ

まさに「命」「死と生」と向き合う時間でした。

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「あなたは、死にます。

 いつか、は分かりません。

 そのとき、なにを思い、どんな気持ちで迎えたいですか?」

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そんな、“究極の問い” を前に、

何を感じるか、どんな風景が浮かび上がるか

自分自身と、仲間と、対話するひととき。

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いきがいみとりイベントバナー

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今回の講座はすでに満席御礼で締め切ってしまいましたが、

次の機会にぜひ、ご参加ください。

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「いきがいみとり」。


死を、生の一部として受け入れた時、

あなたの命も、あなたの世界も、

よりいっそう、鮮やかに、豊かになるはずです。


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愛を込めて。

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