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「IKIGAIのベン図」に感じた違和感—AI時代、最後に残るのは「愛」

更新日:6月7日


どもっ!北米在住19年、IKIGAI探求員の愛です。 自らの人生の波乗りを、時に転覆しながらも「IKIGAI探求」に活かす…

それが、わたしのIKIGAIです。 エニウェイ、 わたしが初めて「IKIGAI」という言葉を

英語圏で目にしたのは、

たしか10年くらい前。

 

おそらくみなさんも一度は目にしたことのあるはずの… そう、こちらの画像。



2010年代のIKIGAIは、

美しいベン図の中心に鎮座していた。

 

好きなこと。

得意なこと。

社会が必要とすること。

そして、稼げること。

 

その4つが重なる場所に、

あなたの「IKIGAI」がある。 「生きがい」という言葉は

日本人であるわたしにとっては当たり前すぎて

語るまでもないものだった。 「お年寄りの、リタイア後の喜び」 それくらいにしか思っていなかったので

このカラフルなベン図はまさに、「Wow!」だった。



——なんてわかりやすくて、なんてワクワクする、

そして、今考えてみると… なんて、資本主義的な地図だったんだろう。



IKIGAIは、旅をしてきた。

 














日本語の「生きがい」は

「IKIGAI」として世界を巡るうちに、

欧米の文脈や、時代の空気を吸い込んで、

少しずつ、その意味を変えてきた。

 

というわけで今回は、 2010年代から現在まで

「IKIGAI」が辿ってきた3つのフェーズを

みなさんと一緒に巡りたいと思っている。

 

もし、あなたが今

「生きがいなんて、わからない」と感じているなら、

ここに、ヒントがあるかもしれないから。

 

Phase 1 | 2010年代

リーマンショック〜「稼げる生きがい」の時代



そもそもこのベン図、 もともと真ん中に据えられた言葉は「Purpose」だったそう。 目的発見ツールとして開発されたこのベン図の中心の言葉を、 2014年頃、マーク・ウィンという英国のブロガーが

「IKIGAI」という言葉をパコッとはめ変えたのだ。

 

これが、世界中で大バズり。

 

TED動画が回り、自己啓発本が並び、

シリコンバレーのオフィスのホワイトボードに

あのベン図が描かれるようになった。 なぜ、こんなにも爆発的にこのベン図が広まったのか?


それは、このベン図が、

経済に傷ついた人々の癒しになったから。 














当時、世界はリーマンショックの傷跡の中にあった。

「会社に尽くせば一生安泰」という神話が崩れ去り、

誰もが自分の足で立たなければならない不安な時代。


そんな迷える現代人にとって、

あのベン図の花びらは、「救世主」であり「羅針盤」

「好きで、得意で、世界が必要として、お金になる」…

仕事の中にIKIGAIを見つければ、 「幸せ」と「お金」を切り離さなくていい。 IKIGAIのベン図は、 行きすぎた資本主義をスローダウンさせ、 世界中の人に「幸せに働くこと」への許可を出してくれた

画期的な発明だったのかもしれない。


でも、いつしかあの図は、

市場に評価される人間になるための「最適化ツール」として

猛スピードで消費されるようになってしまった。

 

稼げない生きがいには、価値がない」

「生きがいのない仕事には、意味がない」 「何者かになれ」という圧力の、 イマドキの言い換えになってしまった部分も、否めない。


 

だけどそもそも。

 

本来の日本語の「生きがい」に、

「稼げること」は含まれていない。

 

朝、空を見上げてただ美しいと感じること。

誰かのそばにいて、あたたかい気持ちになること。

腹の底から湧き上がる、よろこび。

 

生きがいには、「条件」などなかったはずなのに。 そして、パンデミックがやってくる。




 

Phase 2 | 2020年〜

パンデミック〜「小さな喜び」への回帰


 

 

ロックダウン。

移動の自由が消えて。

会いたい人に会えなくなって。

「社会に貢献する生きがい」を持っていた人たちが、

突然、その舞台ごと吹き飛ばされた。 (もちろんここから、オンラインの世界線が爆誕したという恩恵もある)

 

あの静止した時間の中で、

わたし達が気がついたこと。

 

それは、 家族と一緒にいられることのありがたさ。

一杯のコーヒーがくれる、しあわせ。

今ココだけを生きる、子どもの笑顔。

窓の外の鳥の声が、今日も聞こえること。

 













「生きがいとは、朝 目を覚ます理由である」

 

マクロスケールの「達成」が崩れ落ちたとき、

人は、ミクロな日常の「手触り」の中に

もう一度、「生きる理由」を探し始めたわたし達。

 

デンマークの「ヒュッゲ(Hygge)」のように

 

何気ない日常を、大切な人と共に、

見栄もなく、目的も成果もなく、

ありのままの自分で、「今ここ」を味わう。

 


あのクレイジーな日々が教えてくれたことは

「ただ存在することの、静かなよろこび」だった。




 

Phase 3 | 2024年〜 現在

AI時代のリスク〜「最後まで奪われないものは何か」



 

そして、この数年。

 

ChatGPTを始めとするAIが登場してから、

世界の空気が、また大きく変わった。

 

AIが絵を描く。

AIが文章を書く。

コードを書き、音楽を作り、

医療診断を下し、法律相談にも乗る。 「これは人間にしかできないだろう」

という予想を遥かに超えたスピードで

AIは日々進化している。

 

ここでまた、あのベン図を。




 













「得意なこと」——AIが一瞬でこなしてしまう。

「社会が必要とすること」——AIが大部分を担っていく。

「稼げること」——そもそもの市場の定義が崩れていく。

 

「生きがい」だと信じていた4つの円のうち3つが、

静かに、しかし確実に侵食し始めている。

 

ロシア系アメリカ人のAI研究者、

ローマン・ヤンポルスキー博士は

これを「IKIGAI Risk」として警告。

 



AIがより創造的で万能になっていく世界では、

わたし達人間の「生きる意味」は危機に晒されていく。


生産性や社会的価値という尺度で「IKIGAI」を測れば、

わたし達は、あっという間にAIに代替されてしまう 。


人類は今、

「何のために生きるのか」という根源的な問いの前に

丸裸で立たされている。




それでも最後に残るのは、「what I love」。



 












でも。

  ここで一度立ち止まって、

わたしはこう叫びたい。

 

「AIに奪われるような仕事は、奪わせておけばいい。

 で、“わたしが愛すること” を、とことんやればいいっ!」 「仕事が奪われる」「生きる意味を見失う」…というと

暗い話に聞こえるかもしれないけれど、決してそうじゃない。

わたしはこの「IKIGAI Risk」を、

人類が「本当の魂の自由」を取り戻すための、宇宙からのギフトだと感じている。


AIが完璧な「答え(成果物)」を出す時代 。 だからこそ、 わたし達は「何かを成し遂げる(Doing)」ことではなく、 「そこに在る(Being)」ことの豊かさに還っていく 。

役に立つから、稼げるから、やるんじゃない。

「そうせずにはいられない、生命の衝動」 。 それだけでいい。 森羅万象の流れのように。 「わたしの一番愛すること」を生きるだけで。














AIに、決して奪えないもの。

それは、「愛」。


自分と繋がること。

命を解き放つこと。

人と繋がること。

助け合うこと。


「IKIGAI」は、さまざまなフェーズを経て

日本古来の「生きがい」の意味に還ってきたのかもしれない。


 

  「でもさ、どうやって“愛”だけで生きていけるの?」


その答えは次回から始まる新シリーズ、 【SINIC理論とIKIGAI】でぜひ、深めていきましょう。






引き続き、IKIGAI探求の旅、 一緒に歩んで行けたら、うれしいです。


愛を込めて。


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