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夢の山頂を目指すのか、生きがいの森に憩うのか。

2025年1月4日
読了時間: 7分



2025年、新しい年を迎えましたね。

​

今年も、あなたと、あなたの愛するすべての人が

ますます「IKIGAI」を生きる一年になりますように。


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一年の幕開けというと、

​

「2025年は、こんなふうに生きる!」

「今年こそ、これを達成する!」

​

など、今年の抱負を決めたり、

夢を描く方も多いはず。

​

​

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目標を定め、ゴールに向かって計画をたて、歩んでいく。

わたし達の人生は、そんな「山登り」の連続なのかもしれません。

​

だけど今日は、ちょっと立ち止まって

​

「“目標達成”という山を登る」のではなく

「“生きがい”という森で憩う」生き方について、考えてみませんか?

​

​

はじめに、二つのエピソードを。


​






ある男性経営者のストーリー

〜「成功」の先に「生きがい」はあったのか?


ネクタイを着たビジネスマン


最初のエピソードは、

経営者として「成功者」と呼ばれる人生を送ってきたある男性のお話です。

​


彼は、一代で会社を起こして売り上げを伸ばし、

ビジネスの世界で大成功を収めてきました。

​

豪華な邸宅、何台もの高級車。

目標という目標、夢という夢を全て叶えたような

誰もが認める「成功者」でした。

​

が、彼には一つ悩みがありました。

それは、彼の息子のこと。

​

​

「あいつは、食えもしない音楽ばっかりやってる。

 あんなバカ息子に、会社を継がせられるか!」

​

​

お酒の席になると決まって、そう愚痴をこぼしていました。

​

そんな彼が、定年を目前としたある日、ふと呟いたのです。

​

​

「引退したら、何をしていいかわからない…音楽くらいできたらいいのに」

​


​

彼はひたすら「ゴール」を追い、努力を重ね、達成してきました。

​

売り上げ目標、事業の拡大、

それによって得たお金で、欲しいものを手に入れること…

確かにそれは、彼の喜びでもあり、やりがいでもあったでしょう。

​

​

一方で彼は

彼の息子が夢中になっている音楽はもちろん、

アート、手仕事、畑仕事、暮らしそのもの…

​

「今この瞬間を、ただ味わう」こと、

「生きることそのものを楽しむ」ことに、

価値を置かずに、生きてきたのです。

​

​

それゆえに、定年という区切りを迎えたとき、

彼は、「生きる目的」を見失ってしまったのでしょう。

​

​

​

​

…「私も、そうなるかも」と感じた方はいませんか?

​

​

​

​




​ある女性のストーリー

〜「命」の大前提が揺らぐとき、立ち昇る「生きがい」

​

夕焼けと手を繋ぐ四人家族


もう一つは、ある女性のストーリーです。

​

​

家族と幸せに暮らし、何不自由ない暮らしを送っていた彼女は、

ある日、体に不調を覚え、病院で検査を受けました。

​

結果は、末期の癌。

​

治療して回復する見込みもなく、医者からも見放され

突然、死を待つしかない身となったとき、

彼女はこう言いました。

​


「豪華な別荘、ブランド物の洋服、そしてお金…みんな、

 わたしが、ずっと欲しかったもの。追いかけてきたもの。

​

 だけど今は、全部いらない。

 

 今 欲しいものは、家族と一緒にいる時間だけ。それだけ」

​

​

​


わたし達が、夢を見、夢を追いかけられるのは、

健康に生きているから。

命があることを、当たり前に思っているから。


「あれも これも欲しい、あそこも ここも行きたい」…

​

夢を見られる、夢を追えるのは素敵なこと。

それは、「生きている」ということだから。

​


けれど、

彼女のように、「命」という大前提が揺らいだとき、

お金で買えるような「夢」は一瞬で吹っ飛んでしまう。

​

​

そして、

「死」を目の前にして、

真っ白になった人生のキャンバスに

浮かび上がるもの…

​

それが、「生きがい」。

​

​


湖で釣りをする四人家族


​

煌びやかな邸宅なんて必要ない。

豪華な食卓じゃなくてもいい。

宝石もブランドのバッグもいらない。

​

ただ、愛する人と共にいたい。

1日でも、1時間でも、1秒でも長く。

​

​

当たり前に過ごしてきた、家族との何気ない時間の全てが

「宝物だった」と気づく。

​

「命」を原点にして、人生を考えてみると

本当に大切なことが何かが、見えてくるのです。

​



​

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​

​​​​

「夢を追う」と「生きがいを味わう」の違い

​

キャンプでコーヒー


「夢」を追うことには、確かに充実感があります。

ゴールを定め、それに向かってプランを立て、進んでいく。

​

わたし達が生きている世界は

誰かの「夢」でできています。

​

あらゆるモノ、あらゆる社会システム、あらゆるサービスは

かつて誰かが「あったらいいな」と思い描き、カタチにしたもの。




「夢を描き、叶えること」は、

わたし達 人間だけができる かけがえのないこと。

​

​

一方、「生きがい」に「ゴール」はありません。

​

目標として達成するものでもなく、

数字や資産に換算するものでもありません。



ただ、「今この瞬間」のよろこびを味わう。

「生きてることそのもの」を感じる。

​

​

家族との何気ない時間

毎日畑に出て、土に触れること

誰かのために、丁寧にコーヒーを淹れること

夜な夜な手仕事に熱中すること

大好きな音楽を奏でること、詩を書くこと…

​

誰のためでもなく、ましてやお金のためでもない。

​

ただ、「わたしの心」が満ちていく時間。

​

​

自分との繋がり、人との繋がり、

社会との繋がり、自然との繋がり、

大いなる何かとの繋がりを、感じる時間。

​

そんな「生きがい時間」を

あなたは、1日の中で どれくらい味わっていますか?

​







「今ここにある幸せ」に気づき続ける力。それが、生きがい。


手のひらの上のピンクの薔薇

​

戦後を生き抜き、必死で働いてきてくれた世代のおかげで

社会の基盤も整い、物質的に暮らしも豊かになりました。

​

なのに、わたし達は未だ、

「もっと、もっと」と 何かを作り続けている。

​

「これを手に入れたら、幸せになれる」

そう語りかける情報に翻弄され、追い続けている。

​

でも、「本当の幸せ」はそこにはない。

だからまた、新しいゴールを目指す…。

​

そんな袋小路の中で、心の混乱や社会問題が溢れている。

​

​

さらに言えば、気候変動、資源の枯渇問題、資本主義の歪み…。


この地球という星で、「誰一人取り残さずに幸せ」になるには

もう「これ以上」は、必要ない。

​

​

「今ここにある幸せ」に気づくこと。

「今ここに、全てがある」と気づくこと。

​

つまり、「生きがい」を感じられる感性こそ、

誰もが幸せに生きるための鍵、ではないでしょうか。

​

​

​

​



​

生きがいの世界は、「森」。

​

森と木漏れ日

​

目的地を決めて山頂を目指す「夢」の世界とは違って、

「生きがい」の世界は、いわば「森に憩う」ようなもの。

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​

森には道標がありません。

​

ただ木々のざわめきに耳を傾け、

鳥の歌声に身を任せ、足元の土の温もりを感じる。

​

木漏れ日の中で生き物達が遊び、

花が咲き、果実が実る。

​

そんな森を支える暗い土壌の中でも、

虫や微生物達が蠢き、あらゆる命を支えている。

​

すべてが一つの命として、絶えることなく巡り続けている。

静かで、深遠で、果てしなく豊かな森。

​

ただその一部として、「今ここ」に憩う…。

​

​

​

想像してみてください。

一人一人の「生きがいの森」が、生きることの真ん中にあったなら。

​

暮らし方や働き方、お金の使い方や、社会・教育の仕組みは、

どんなふうにカタチを変えていくでしょうか?

​



あなたには今、どんな世界が見えていますか?

​







花畑と少女

​

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​

​

2025年もますます

IKIGAIを、ご一緒に。

​

​

愛を込めて。

​

​

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